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スピード化するメディアとコンテンツの関係
今日、ふと思ったのですが、

売れ出した芸人はテレビで「芸」をしなくなる。
売れ始めの頃は、漫才やコントや一発芸的な自分の持ち芸を見せることでテレビ出演をするのだけれども、ある程度のポジションを確保できると芸人はテレビで芸を見せなくなる。

これは見せなくなるというより、見せられなくなるといった方が正しいかもしれない。

ある程度、売れ出すと、テレビの出演回数は増えてくる。
その出演回数に間に合わせるだけのネタ作りができない、もしくは、ネタを乱用し過ぎると飽きられてしまう。
だから、芸を見せる回数を減らし、バラエティやクイズの回答者などで稼ぐようになる。
芸で稼ぐことが効率的でないため、テレビで芸を見せる機会が減っていく。。。

おそらく、こんな感じで芸人はテレビで芸を見せなくなっていくのだと思う。


なぜ、こんなことになるのかというと、テレビは非常に速いスピードで大量にコンテンツを消費するメディアだからだ。
テレビというメディアは、生放送というリアルタイムで日本全国の人に(衛星放送なら世界中の人に)、すばやく大量にコンテンツを消費することができる。
この消費方法とし、芝居小屋や演芸場で客席相手に演じる場合のコンテンツ消費を比べれば、テレビではネタ(コンテンツ)があっという間に消費されてしまうことがよくわかる。


でも、メディアのスピード化はテレビだけの専売特許ではない。
ネットも印刷物に比べると、スピード化されているし、手軽に情報発信できるようになっている。


いきなり話は飛ぶが、こんなメディアのスピード化や手軽さは掲載されるコンテンツの軽薄短小化に繋がっていると思う。

本から雑誌に、月刊誌から週刊誌に、印刷物(雑誌・新聞)からネットに、HTMLからBlogへ

こんな風にメディアがスピード化されるたびに、掲載されるコンテンツは薄っぺらなものになっていく。
これも当たり前の話で、芸人がしっかりとしたネタをテレビで演じ続けられないように、重厚長大なコンテンツを作り続けるスピードがメディアのスピードに追いつけなくなってしまうのだ。

そして、メディアのスピード化はコンテンツの生産者だけでなく、コンテンツの消費者にも「重厚長大なコンテンツを消化できなくなる」という影響を与えている。
メディアのスピードがあまりにも速いため、重厚長大なコンテンツだと消化不良を起こしてしまうのだ。


そんなわけで、ゴシップを筆頭とした軽いニュースやケータイ小説と呼ばれる軽い小説なんかが好まれるようになっている。

そもそも、「消費」という言葉は以前なら芸や小説などのコンテンツに対しては使われていなかったように思う。コンテンツは「堪能」や「鑑賞」されるべきものだったのだ。
でも、今はコンテンツは「消費」されるものになっている。

「消費」されるコンテンツの制作者は、アーティストではなく工場労働者のような一生産者になってしまうのかもしれない。
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テーマ:ネット的社会観 - ジャンル:サブカル

【2008/05/08 03:22】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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