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[書評]フラット革命 佐々木 俊尚著
「フラット革命」を読む前に、トーマス・フリードマンの「フラット化する世界」の上のみを読み終わっていた。そんなこともあり、「フラット革命」は「フラット化する世界」と同じようにインターネットによりグローバル経済はどんどん加速していき先進国と後進国とで仕事をシェアすることになっていく、といった内容の本だと思っていた。
しかし、「フラット革命」で書かれている『インターネットによりフラット化されること』は、言論やジャーナリズムにほぼ限られていた。

書籍の良し悪しを判断できるほど、僕はいろいろ知っているわけではないけれど、「フラット革命」で書かれている『フラット化されること』は、「フラット化する世界」で書かれていることに比べると非常に狭い話だと思う。
「フラット革命」を読みながら『この本はインターネットが引き起こす影響についてあまりわかっていない人が読むにはいい本かもしれない』と思い読んでいた。でも、読後感はちょっと違う。

たぶんなのだけど、「フラット革命」はインターネットをメディアとして、言論やジャーナリズムの場としてのメディアとして捉えた観点で書かれている。僕はそこに違和感を感じるし、だから『非常に狭い』と感じたのだと思う。

インターネットが日本で広がっていった時(そして、今も)、インターネットはマスメディア的なものもしくはマスメディアの代替物的な情報発信/受信のメディアとして紹介されることが多かった。
確かに、情報を掲載するためだけに作られていた初期のホームページでは、インターネットは情報発信の場であり、情報受信の場だった。
しかし、今のインターネット利用法は、情報の掲示だけでなく、コミュニティの形成・商品購買・ビジネスマッチング・集合知による知識のストックなどなど、様々な利用のされ方をしており、『インターネット=情報発信/受信の場』とは限定できないものになっている。

なのに、「フラット革命」で書かれているインターネットは、『インターネット=情報発信/受信の場』としての話でしかないのだ。

ここまで書いて自分でもようやくスッキリした。
そうか、僕はだからこの本を読んでいてシックリこなかったんだ。

「フラット化する世界」については、下を読み終わってから(2週間後ぐらいかな?)掲載いたします。


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テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

【2007/11/17 04:13】 | 書評 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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