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Rock'nRollの求道者 忌野清志郎
清志郎が亡くなってから、ゴールデンウィークの連休中ということもあって、清志郎のことを考える時間が増えている。
今日もいろいろ思い出したり、考えていて、ふと思ったことを書いておく。

清志郎の曲を聴き返していると、「この人はRockをすごく純粋に信用していたんだろうな」と思うことがある。
IMAGINEをLIVEで弾き語る時に話しているセリフなんかにもそれは表れている。

「John Lennoが生きていたらどう思うんだろう?今の状況を。
ぜんぜん世界は平和にならないじゃないか。戦争がずっと続いている。21世紀になったのに。21世紀になったら世界が平和になると思ったのに、ますますひどくなっている。Yeah!」

たぶん、清志郎は音楽でRockで世界を変えることができるかもしれないと信じていたんだろうし、世界を変えられそうな感触を感じたこともあったんだと思う。

清志郎は子どもが生まれる前後に非常に多作になっている。
三宅伸治だかが、子どもが生まれる直線の清志郎について、「ボスは子どもが生まれると曲が作れなくなるかもしれないと言いながら昼も夜も曲を作り続けている」といったようなコメントをしていた記憶がある。

第一子が生まれる前後の清志郎は、1988年にRCサクセションで「COVERS」「コブラの悩み」を発表。1989年にはTimers名義の「THE TIMERS」を発表。
清志郎のキャリアの中でもより過激でかつ社会性の高い作品はこの時期に発表されているし、活動も派手になっているように思う。

そして、この時期の清志郎の活動に対して社会はダイレクトに反応する。
「COVERS」は発売中止になるし、ラジオでの放送禁止にもなった。これらのことは新聞記事にもなったし、ある種、社会問題化した。
その頃からの清志郎はより社会にコミットするようになっていった。
たぶん、この時に清志郎は歌うことで得られる感触を感じ、Rockの可能性をより強く感じ始めたんだと思う。

そして、忌野清志郎はRock'nRollの求道者になっていったように思う。
後期の20年間は、メディアでの露出も増えたし、他のミュージシャンや表現者との交流も増えた。
社会的なメッセージがこめられた曲も増えたし、メディアから社会的な意見を求められることも増えた。
清志郎もこれに積極的に応えて寡黙ながら発言することも増えたように思う。

と、ここまで書いてきてこんなもの(アルカイダーズのLIVE)を発見。
なんて、無茶でお茶目なんだろう。。。

これ見てたら、とても「求道者」なんて言葉は使えないけど、たぶん、清志郎は死ぬまで自分自身が思い描いていたRockを追い求め、近づこうとあがいていたように思うのです。

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テーマ:なんとなく書きたいこと。。 - ジャンル:日記

【2009/05/06 02:13】 | mucic | トラックバック(1) | コメント(0) | page top↑
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