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忌野清志郎逝く
2009年5月2日午前0時51分、忌野清志郎が亡くなった。
享年58歳。4月2日が誕生日だったはずだから、58歳と1ヶ月か。

僕にとっての忌野清志郎は特別なミュージシャンで、特別な人。
初めてちゃんと聴くようになってから25年ほどが経っているけど、ずっと聴き続けている。
そして、最新作の2作ほどは諸般の事情で買い損ねてしまっているが、常に最新盤も買い、旧作と同じように聴き続けている数少ないミュージシャンだ。
※「昔の○○はよかった」なんてことが多いRockの世界では珍しいことだと思う。


僕が清志郎を知ったのは小学校の高学年か遅くとも中学生の頃のこと。友達が清志郎のファンだったし、テレビなんかでもよく見かけたので、自然に知れる環境にはいた。
でも、あの奇抜なメイクとファッションに惑わされて、中学生の僕は好きになれなかった。

ところが、高校生になってより音楽を積極的に聴くようになると、ちょうど出たばかりだったLive盤・「Tears of a Clown」を聴き、すっかり気に入ってしまった。
それからは、しっかりファーストアルバムの「初期のRCサクセション」から順番に聴いていった。

僕が追いついた頃のRCは事務所の独立や清志郎の病気などが落ち着いて、再始動的な頃だったみたいで、ここからのRCサクセションというか、忌野清志郎はすごく活発に動き出すことになる。

1986年 the TEARS OF a CLOWN
1987年 清志郎の初ソロアルバム「RAZOR SHARP」発表
1988年 RC初の2枚組アルバム「MARVY」発表
1988年 発売中止騒動となった「COVERS」発表
1988年 発売中止騒動をテーマにしたライブ盤「コブラの悩み」発売
1989年 覆面バンド「Timers」活動開始
1990年 RCサクセションの最終アルバム「Baby a Go Go」発表

こうして見ると、いい時代に出会えてよかったと思う。
この頃の清志郎はいろんなユニット作ったり、いろんなミュージシャンのところにゲスト参加したりと、本当に楽しませてくれた。そして、この勢いは癌に倒れるまでの間続いたように思う。

確かに80年初期の破竹の勢いでRCが出てきたところもリアルタイムで見てみたかったけど、ワガママ言ってもしょうがない。
1969年と、僕が生まれた歳にデビューした後期20年はしっかり見ることができたわけだ。

こうやって書きながらも、ずっとYouTubeで見続け聴き続けてるわけだけど、本当に大好きです。
あまりライブに行けなかったことがなんとも心残りです。
ご冥福をお祈りします。
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テーマ:なんとなく書きたいこと。。 - ジャンル:日記

【2009/05/03 23:26】 | mucic | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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