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「facebookページの中で、投稿が表示されなくなったページがあるんだけど」
ここ最近、自分もそう感じたし、僕の周りでも似たようなことを書いている人が何人かいた。 でも、面白いことにHootSuiteで見ると、facebookのウォールでは見れなくなっていたfacebookページの投稿が表示されている。 facebookのウォールでは表示されていないfacebookページ(ややこしいので、以下fbページ)の傾向を調べてみた。 ●「いいね!」を押していない ●コメント記入していない ●リンクを押して、fbページを訪問していない つまり、自分がfbページにアクションしていないものが多いようだ。 おそらく、アクションを起こさない投稿ばかりのfbページを「このユーザーにとっては重要ではない」とfacebookが判断して、ウォールへの表示を制限しているのだと思う。 フィードに眼を通していても、アクションが伴わないと重要だと感じていないと判断されてしまうのか? この想像が正しければ、ちゃんと読みたいfbページの投稿は、ただ読むだけではなく何らかのアクションをしておいた方が良いみたい。 これって、fbページの運営側にとっても、気をつけないと行けないポイントだと思う。 fbページへの投稿は、ユーザーに有用な内容であるだけでなく、ユーザーのアクションを喚起させるものじゃないと、駄目なのだ。 すごく有用な情報を書いていてユーザーが熱心に読んでいてくれていても、何時の間にかフィードがユーザーに流れなくなってしまったら、悲しすぎる。 気を付けなきゃなーと思った次第。 |
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うちの子どもの成績が悪いから、そう思うだけかもしれないけども、、、
中学校でも「落第」という制度をもっと一般的なものにしてしまえばいいのにと思う。 中学校になってからの数学や英語は、小学校の勉強とは違って、ある程度難しくなってくる。だから、どこかでつまずくと挽回することがずごく難しくなる。 中1の数学でつまずいている子は、中2の数学も中3の数学もわかるわけがない。 1次方程式でつまずいている子は、連立方程式なんか解けるわけがない。 それ以前に、分数のかけ算・割り算でつまずいていると、どうしようもない。 なのに、今の中学校では、これを平気でやっている。 中1の数学でつまずいていても、みんなが中2になれるのだ。 そして、数学がぜんぜんわからないままに、中3になり、卒業させられてしまう。 これって、けっこう残酷なことだと思うのです。 中1で数学につまずいてしまった子は、残りの2年間、チンプンカンプンな授業を受け、わからないままに(教えてもらえないままに)卒業させられてしまう。 そんなことなら、中1の勉強がわからない子は、もう1回中1の勉強をやり直せるチャンスを与えてあげればいいと思う。 「落第なんて恥ずかしい」と思うなら、落第しないように勉強するだろうから、それはそれで良しだし。 わからないままで放り出されてしまうのはよくないと思う。 なお、義務教育だから国が負担している学費は、4年目以降は自己負担ということにしておけば、財政的にも問題ないと思うし、親も落第させないように頑張ると思う。 |
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1969年生まれの僕は、洋楽全盛&バンドブームの時が中高生。中学生の頃にちょうどできはじめたレンタルレコード屋さんに通い(高校生の頃は、毎日のように通った)、
レコードやCDを借りてはカセットテープにダビングしていた。 その頃のレンタル料金は1枚300円ぐらい。 カセットテープ代と合わせても、500円ぐらいでアルバム音源を手元に残せたのである。 (これって、いま考えても幸せな状況だわ。そんな時代に中高時期を過ごせてよかった) そして、音源の残し方にはシビアな序列があった。 カセットテープには安い順からノーマル、クローム、メタルと3種類の製品タイプがあり、いちばん やすいノーマルなら1本150円ぐらいであった。クロームだと200〜250円、メタルだと300円ぐらい したんじゃないかな? とりあえず聴いておくかレベルにはノーマルを、愛聴版になりそうなのはクロムテープを、 そしてこれは!というものだけをCDで買う。高校生になってもCDなんて、年に3枚ぐらいしか 買えなかったと思う。 だから、おこづかいをもらうと、当時増えつつあったディスカウントショップに行き、TDK派だった僕は ノーマルテープのADやクロムテープのSAの3本パックなんかをまとめて買い込んでた。 でもね、そうして溜め込んでいったカセットテープが今は聴けないのです。。。 これは、そのまま中高時代に聴いていた音楽を聴けないことにつながる。 初めてファンになったアイドル・中森明菜の1st/2ndアルバムも聴けない。 月曜日のオールナイトともによく聴いていた中島みゆきも聴けない。 日本のパンク、ハードコア系でけっこうカッコよかったラフィン・ノーズもフラットバッカーも聴けない。 ビリー・ジョエルもエルトン・ジョンも聴けない。 MTVの雄だったカルチャー・クラブもWHAMも聴けない。 バンドブームの最盛期に聴いていたレッド・ウォリアーズやZiggy、ボウイなんかも ほとんどテープでしか持っていなかった。 今でも聴くStonesやPolice、ジミヘンなんかも一部のアルバムはテープでしか持っていなかった。 そして、いちばん困るのはカセットテープでしか聴いていなかったアルバムやミュージシャンを すべて憶えていないことなのだ。 引っ越しを重ねるうちに、カセットテープはほとんど処分してしまったので、自分の記憶から 消えてしまっているけれども、自分が大事にしていた曲ってけっこうあったような気がするのです。 レンタルレコード屋の恩恵を受けて、中高時代に音楽のスコールを浴び続けられたけど、それらの 多くを今では聴くことができない。音楽メディアの進化で手軽に音楽を携帯できるようにはなった けど、進化っていいことばっかりじゃないよなと思うのです。 |
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ニーチェの
サッカーの南アフリカワールドカップの日本代表の主将を務めた長谷部が、ワールドカップの際に愛読書にしていたのが「ニーチェの言葉」だと、勤務先近所の書店で知った。 そして、家の近所の書店でダンテの神曲を見つけた。 ダンテの神曲なんて読んだことはないけれど、世界史の中で出てくる傑作だとは知っている。 この本はけっこう平易な言葉で訳してくれていて、ダンテの神曲でも完読できそうな文体。 そこで、ふと思った。 いまはいろんな意味で原点回帰の時代なんだろうか? 経営関連の本でも、「もしドラ」以降、ドラッカーが流行っていたりするし。。。 何かと不安定で、先行きが見えない時こそ、原点回帰して俯瞰的に時代を見ようということなのかもしれない。 |
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もう4年ほど前の作品なので、書評を書くのもあれですが、ここ最近読んだ馳星周作品の中ではかなりヒットだったので、ご紹介。
馳星周といえば、ノワール。暗い暗〜い作品だ多いのだけど、「ブルー・ローズ」はひと味違う。 確かに、主人公は警察官を辞めて、不動産投資に失敗して山ほどの借金を抱え込み、興信所からのアルバイト仕事で借金の利子(元本ではなく)をなんとか返しているという人なんだけど、前半のストーリーはいつもの馳星周とはちょっと違う。 ノワールというよりは冒険小説っぽいところが多くあり、ワクワクとまでは言わないが、次の展開を楽しみにしながら読み進めていくストーリーになっている。 でも、上巻の終わりぐらいからはいつもの馳星周へと移っていく。。。 いつもの馳星周と違うのは、初めから落ちていくストーリーと、楽しげな話も交えながら上がりきったジェットコースターから奈落の底へ落とされるスピード感。 あまり書くと、まだ読んでいない人へのネタばらしになってしまうから、この辺に留めるけれども、はかなさを感じさせてくれる小説です。 |